建築・企画・設計・監理
(株)宮崎建築事務所 〒510-0242 鈴鹿市白子本町5-29 TEL:059-368-3330 宮崎達也 HP:http://miyazaki-archi.nobushi.jp/ mail:3839ttsy@gmail.com カテゴリ
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![]() 造形実技や建築の専門知識の勉強に力点を置いていたので、一般の受験に切り替えるのが大変だろうと思っていました。 また、大学入試共通テストの時期は、コロナの蔓延や、トンガの火山噴火による津波で受験が出来ない生徒が出てくるというようなニュースもあって、心配していました。 そのYさんから「お願いがある」という旨のメールが来たのが1月19日。 共通テストは無事に受験でき、行きたい大学(総合選抜で受けたのとは違う大学)の試験に面接があるので、指導してほしいということでした。 共通テスト+面接で受けられる試験があり、面接では自己アピールのための「作品」を持ち込むことが出来るため、それをこれから作るのだと。 送られてきた資料を見ると、試験日は1月31日で、期間はほとんどないし「作品」というのがどういうものなのか不明。 これはどうしたものかと思いましたが、一方で、前回の試験では結果的に役に立てなかったので、もう1回チャンスが与えられたと思いました。 私が大学受験した頃は建築学科といっても、普通の科目での受験しかありませんでしたが、最近は専門的な内容もあって、受験方法も多様化しているんですね。 だいぶイメージが違っていたようです。 オンライン講義の時と同じように、zoomでの面談を行ったところ、自分の住む町の空き家をリノベーションするという提案を持って行きたいということでした。 提案そのものは面白いと思ったので、それを1枚の紙にまとめる方法をアドバイスしました。 何度かの添削を経て、風景を含めた外観のパース、施設の内観のパース、鳥瞰図(空から見たパース)の3面と、イラストを交えた説明文、グラフなどもあって、よくまとまったプレゼン資料が出来ました。 昨年から練習してきた、パースのスキルが発揮されていました。 他の受験生のレベルが全く不明で、そもそも「自己をアピールするための作品」がどういうものなのか不明でしたが、少なくともYさんの実力からすると最高のものが出来ていると思いました。 試験当日は大雪が心配されましたが、受験は無事終了したというメールがあり、あとは合格を祈るのみ。 2月17日、最初に電話がかかってきたのは、高校の先生からでした。 昨年、オンライン講義を始める前に、先生も交えて面接を行ったのですが、その先生でした。 結果は合格。 持ち込んだ作品のみならず、昨年から教えてきたことが面接でも生かされたと言っていただきました。 その後、すぐYさんからも電話がありました。 第1志望の大学ではありませんでしたが、合格した大学は、私も知っている建築家やリノベーションの世界で有名な方が講師をしており、レベルを落としたという感じではなく、あくまでも自分の目標に沿って選んだ大学だと思います。 面接と専門的な科目だけで合格するより、一般の科目も勉強した方がよかったと思うし、私に教えられたことも無駄にならず、結果的にはより多くの学びになったのではないかと思います。 そして、まずは一つ肩の荷がおりました。 自分の住む町をよくしたいという大きな志と夢、これからも応援していきたいと思います。 (トップ画像は、私が水彩パースの描き方を教えるために描いたものですが、今はYさんのパースのほうが上手かも…) #
by 3839ttsy
| 2022-02-26 11:47
| 建築
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白子は「しらこ」と読まれることが多いですが「しろこ」と読みます。 白子の伝統産業である伊勢型紙は、一見切り絵のように見えますが、切り絵ではなく着物を染めるためのものです。 私は子どものころからずっと、切り抜いた部分に色がつくのだと思っていましたが、何年か前にそれが逆であると知りました。 つまり切り抜いた部分は染まらず、それ以外の部分が染まります。 染めの詳しい方法については、知識があいまいなので書きませんが… なぜ逆なのかわかったかというと、伊勢型紙でオリジナル手ぬぐいを作ったからです。 釜石で運営しているコワーキングスペースのオリジナルグッズとして、手ぬぐいを作ったのですが、イラストを釜石のイラストレーターさんに描いてもらい、白子の型紙職人さんに彫ってもらったのでした。 言うまでもなく想像がつくと思いますが、他の伝統産業と同じく伊勢型紙も存続の危機にさらされています。 まず着物の売り上げが減っていること、そして新しい染めの技術が出来たこと。 今は機械でプリントすることが出来るようですね。 また、型紙を彫る職人も減ってきており、高齢化が進んでいます。 平均年齢は75才だそうです。 そんな話を聞いたのは、今日、型紙を販売しているオコシ型紙商店さんに行ったからです。 設計させていただいた、株式会社ヨシザワ様の新社屋のインテリアに、伊勢型紙を使って欲しいというご要望があり、設計に組み込んでいたのですが、工事が進んでいよいよ型紙を決める時期になりました。 そのために、本日、オコシ型紙商店さんにお邪魔して、選ばせていただいたのでした。 伊勢型紙を使って欲しいというご要望を聞いたとき、正直言うと私はあまり乗り気ではありませんでした。 なぜなら、伊勢型紙の紙は和紙に柿渋を塗ったものであり、濃い赤茶色をしていて、白が基調のインテリアに合わないと思ったからです。 でも、ともかくオコシ型紙さんに相談に行ってみることにしました。 そこで「型紙を白く塗ったらいい」と教えていただきました。 実際にそうして建物のインテリアに使った例があったそうです。 白く塗ることで「白と半透明」のデザインコードにもマッチするので「それでいこう!」ということになりました。 その時と同じく、今回もオコシさんのほうから相談されたのが「伊勢型紙をもっとインテリアに使えないか」ということです。 伊勢型紙を額に入れて飾ったり、照明器具のルーバーとして使ったり、襖に張ったり、ガラスで挟んでランマ飾りにするようなことは、ずいぶん昔から行われています。 また、近鉄の白子駅には地域振興のためか、伊勢型紙の柄がグラフィックデザインとして使われていたりします。 その他、鈴鹿サーキットのF1マシンを実物大で、伊勢型紙で作ったものなども見たことがありました。 しかし、そういう努力に対して申し訳ないのですが、私はどれも本質的でない気がしていました。 今回もお施主様の要望で、ガラスで挟んで手摺の飾りに使うことにしたのですが、それはそれで面白い使い方ではありますが、伊勢型紙の存続につながるとは思いません。 そういう使い方であれば、手で彫らなくても図柄をパソコンで入力して、レーザーカッターで切れば早く安価に出来るし、柿渋を塗った紙である必要もありません。 柿渋を塗るのは、何枚も反物(たんもの)を染められるように、防水性、耐久性を高めるためです。 図柄のデザインに価値があるという考え方もありますが、デザインを利用するだけでは、型紙の技術や文化自体は残りません。 価値は手彫りと手染めであるということにしか見出せないと思うのです。 ある種、オカルト的な考え方であることは否めませんが、人が時間や労力、蓄えた経験と技術、思いなどをこめて作ったものほど、長く愛用できるプロダクトであると私は思っています。 手で彫って、染めたものであるからこそ、長く愛着を持って使える着物が出来るのでしょう。 そうでなければ、図柄をスキャンしてプリンターで染めるほうが合理的です。 明かりのルーバーに使ったり、襖に貼ったりするためのものを作るなら、レーザーカッターのほうが合理的です。 信じられないほど細かい模様を、手で彫っていることに価値があるわけで、機械なら「そりゃできるでしょうね」としか思わない。 そうしたことを考えると、伊勢型紙の存続は本当に難しいなぁと思うのです。 少なくとも、布ないしは、なんらかの素材を染めるために使うことは、必須ではないかと思います。 もちろん、着物文化が存続するのが一番ではあるのですが、それが望めないなら、建築かインテリアの分野ででも、有効な活用方法を見つけられないかなぁと思っています。 #
by 3839ttsy
| 2022-02-05 19:40
| まちづくり
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コロナ禍がはじまり、飲み会などの会合が減り、それまで行ってきたまちづくり活動のイベント主催なども難しくなったため、時間が出来るようになりました。 家で過ごす時間も増えて、料理をしてみようと思うようになりました。 やってみると、意外に楽しいのと、キッチンの使い勝手がわかってきたこともあって、時々、料理をするようになりました。 どこにどのキッチン用品があるかとか、調味料、食材の在庫状態を把握していないと、料理ってハードルが高いですよね(?)。 それから1年後、ご存じの通りコロナ禍は続き、以前の日記にも書いていますが、かつての趣味であった釣りをするようになりました。 妻は魚をさばくことが出来ないというので、魚が釣れたら自分でさばくしかありません。 最初はYouTubeを見ながらサバをさばき、味噌煮にしました。 その後、クロソイ、スルメイカ、アイナメ、ドンコ、真鯛、ソッコ(ブリの子ども)、カレイなど、釣れた魚をさばくうちに、だんだんと魚をさばいて食べることが楽しくなってきました。 中でもアイナメ、ソッコは刺身にして食べることに挑戦しました。 それでわかったことは、なんの魚でも体の構造は、だいたい同じということ(イカは別として)。 そうしてだんだん魚がさばけるようになるうちに、スーパーに並んでいる魚も見るようになりました。 サバは私が釣ったものよりずっと大きいなと思ったり、いくらぐらいで売ってるのか見たりしました。 そして、我が家では切り身になったり、加工されたりしていない、まるごとの魚をほとんど買うことがなかったことにふと気づきました。 釜石の有力な産業である漁業や、販売しているお店を応援するためには、こういう魚を自ら購入して、家庭などで食べることがまず必要ではないかと思いはじめました。 そんな思いから企画したのが、co-ba kamaishi marudaiの会員交流会。 釜石のある居酒屋さんで人気の、この時期定番のメニュー、ぶりしゃぶを、ぶりをさばくところからやってみようと思いました。 ちなみにですが、ぶりは昔は釜石ではあまりとれない魚だったけど、温暖化の影響か、最近はとれるようになってきたと聞いています。 現在は旬の魚といってもいいのではないかと…? よく見ている釣りYouTubeの動画で、ぶりを釣ってさばいているものがあり、出来そうだと思ったこともありました。 駅前のサンフィッシュにある東鮮魚店さんで手に入ったのは、4.2kgのブリ(大きさ的にはハマチ?)。 全長60㎝以上のまるまる太った魚体を前にしたときは、少しひるみましたが、直前までなんども動画を見て覚えた手順でやってみたら、なんとか刺身にするための柵(さく)が取れました。 まぁけっこう骨のほうに身は取られましたが… 刺身にしたものはぶりしゃぶにして、会員交流会で参加いただいたみなさんに食べていただきました。 残った頭やアラは、家に持って帰って焼いたり、煮つけにしたり、ぶり大根にしたりして食べました。 実はぶりしゃぶにした身より、アラのほうが絶品だったりもして、十二分に楽しんだと思います。 釣れた魚もいいですが、やはり魚屋さんに売っているもののほうが一般的に大物なので、これからは自宅でも購入して食べていきたいと思っております。 #
by 3839ttsy
| 2022-01-26 10:56
| co-ba kamaishi
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今回から講師は「きっかけさん」という名目になりました。 釜石コンパスとは、釜石の高校生が自分の将来を決めるにあたって、羅針盤(コンパス)となるようにと行われている課外授業のことです。 講師は地元の民間企業や、公的機関の職員さんなどが行います。 その講師の話が高校生の将来を決める「きっかけ」になればいいということだと思います。 学年ごとに数回行われるようなのですが、今回私は1年生の2回目を担当させていただきました。 講師は他にも10名以上いて、学年の全生徒が10数名のグループに分かれて、それぞれ2回講義を受ける形でした。 つまり、10名以上いる講師のうち2名から話を聞くということになります。 講師の希望は出来るのですが、希望通りにいかない場合もあります。 私にのぞまれているのは、やはり建築士という職業についてのことだと思いますが、釜石大観音仲見世のリノベーションに携わっていることについても、興味の対象だったようです。 講義内容は3年前、担当させていただいた1回目から同じようなメッセージを込めて考えました。 それは、高校の時から将来の仕事について、過剰に深刻に考えなくてもいいし、仕事は最初は大変でも、だんだん楽しくなって好きになってくるということ。 そして、本業で基礎的な能力が身に付けば、本業以外のこと(たとえばリノベーションまちづくりのことなど)、やりたいことが出来るようになるということです。 ただ、1回目、2回目では、そのメッセージがいまいち伝わっていなかったことを感じたのと、本当に建築の仕事をしたい生徒さんもいるのに対し、建築の話をあまりしなかったという反省点がありました。 さらにいうと、必要以上に高校や大学の自分のダメっぷりを話しすぎてしまったということもありました。 後で話を聞いてわかりましたが、生徒さんの学力レベルや、勤勉ぶりは、高校時代の私のそれとは乖離していたようでした(恥) 今回は、建築家の言葉なども引用しつつ、建築という仕事と、仕事や人生の一般的なことを織り交ぜて話をし、ダメっぷりの話は控えめにしておきました。 ただやはり、想定と実際は違うもので、私が高校の時の将来なりたかったものを話し、生徒のみなさんのなりたいものを話してもらって、年齢の大きく違う私の話を、身近に聞いてもらえるようにしようと思ったのが、私のそれはミュージシャンだとか小説家だとか現実味がないのに対し、生徒さんのほうは身近な職業ばかりで極めて現実的でした。 ここでまた「スベった」のでした。 ともあれ、後からいただいたアンケートを見ると、全体的にはこれまでで一番生徒さんの心に残る話を出来たように感じました。 あくまでも私の知る範囲で思うところですが、今の20代から30代の前半ぐらいの人には「自分が好きだと思える仕事をしないといけない」という気持ちが強いように感じます。 そのために自分の好きになれる仕事を探して転職を繰り返したり、仕事ができなくなったりしてしまうのではないかと思うことも。 仕事は社会人としてしなければいけないことで、好きとか楽しいかということは、その次だと私は思っていました。 人からお金をもらうには、物品を提供するとか、サービスを提供するとか、なんらかの形でその人の役に立たなければいけないわけですから、相手本位であり、自分が好きかどうかは本質的には関係がないはずです。 ただ、仕事を続けるためには、好きなことや楽しいことがいいのもわかりますし、そのほうが仕事の質もいいのかもしれません。 私が懸念するのは、優先順位を間違えると、かえって辛くなってしまうのではないかということですね。 そのようなことを伝えるために考えた言葉が、アンケートを見る限り、多くの生徒さんの心に残ったようでした。 「目からウロコが落ちた」と書いている子もいました。 それは「好きなことを仕事にするのは難しいが、仕事を好きになることは難しくない」という言葉でした。 未だにそれが正解だったのかどうかわかりません。 もしかすると、好きなことを仕事に出来る能力のある子にとっては、マイナスだったかもと思うこともあります。 でも、この言葉を感想に書いている子が多かったところを見ると、やはり彼らも「好きなことを仕事にしないといけない」というプレッシャーを感じていたように思いました。 中には建築の仕事をしたいという、ど真ん中な生徒さんもいましたが、そうでない人も、もっと気楽に仕事を選んで、ポジティブに仕事をしていけるようになればいいと思います。 それにしても、休みの日に学校に来て、課外授業のようなものを受けるのは嫌だろうなといつも思いますが、そのような態度を見せる子はいなくて感心します。 釜石コンパスで、高校生の時にいろいろな大人や職業の話を聞くのは、とても有意義だと思うし、就職することへの不安も少しは取り除けるのではないかと思います。 実行委員会のみなさん、そして講師のみなさんも真摯に取り組んでいて、本当に素晴らしいプログラムです。 #
by 3839ttsy
| 2021-12-25 12:30
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以前の日記に書いた、大学の総合型選抜(旧AO入試)の指導をさせていただいた、高校生のYさん。 全16回で、毎回、宿題を出して、建築についての話と、立体やインテリアをスケッチする技術を教えました。 私自身、手描きパースは大学を卒業して以来、実はちゃんと描いたことはなくて、あらためて勉強することになりました。 自分でもマスターしないと教えられないので、釜石で経営しているコワーキングスペースのチラシに載せるイラストを、手描きパースで描いたりもしました(冒頭の画像)。 4年分の課題が公開されていたのですが、高校の先生には教えられないであろう内容で、普通は一体どうやって勉強するのか不思議でした。 まず、絶対に必要と思われるのが、透視図の手法を覚えることで、一点透視、二点透視、等角投影法などの基本的な技術を教えました。 講義では実技試験と面接で必要と思われる知識を得てもらうために、都市計画、建築史、建築計画、デザイン、色彩計画、省エネ、防災、バリアフリーなどの話をしました。 いずれも、ある程度知識はありますが、改めて人に教えるとなると、いい加減な記憶も多いため、1から勉強し直すという感じでした。 最初に全日程と、テーマを決めましたが、詳しい内容は毎回、勉強し直して、四苦八苦してパワーポイントにまとめるという感じでした。 その上、毎週、宿題を考えないといけないので、宿題を作って、自分で解いてみるということもしなければなりませんでした。 ただ、やってみてわかったことは、私はそういうことをするのが好きだということです。 高校の時、ちょっとだけ先生になりたいと思っていたことは、このブログでも何回か書いたことがあるような気がしますが、人にものを教えるのは好きなんですね。 生徒のYさん本人には喜んでもらっていたようで、親御さんからも感謝のLINEがたびたび届き、お家で作っているお米を送っていただいたこともありました。 Yさんの実力は一時伸び悩んでいるように見えたこともあり、また、途中で2回ほど講義を延期したりして、もしかして挫折しそうになっているのかもと思ったことがありました。 ところが、その時期を過ぎると、突然、実力があがって、宿題の回答が見違えるようになりました。 人の成長は単純なものではなく、行き詰った後に、一気に伸びるということもあるのだなと思いました。 zoomのオンライン上ではありましたが、模擬面接も行いました。 11月半ば過ぎ、教えられることは教え切って、試験に送り出したつもりでした。 合格するのは12人中4人なので、狭き門ではあると思いますが、たぶんいけるだろうと思っていました。 どうやら、合格した受験生はもっとたくさん勉強していたのか、採点する人の採点の仕方か、実技、面接のいずれかでなんらかの失敗があったのか… 合格発表の日、明るい声でかかってきた電話で伝えられたのは、声から受ける予想に反して、残念ながら不合格だったということでした。 なんと声をかけていいかわからない感じになってしまいました。 専門的な学科の総合選抜型入試のために勉強したことは、一般入試に流用できないので、絶対に合格しないと後が大変だと思っていました。 考えてみると、それは他の受験生も同じ条件なので、必死で勉強したのでしょうね。 しばらく、自分の力不足と、無駄な時間を使わせてしまったことに申し訳なさを感じました。 それまで「一般入試の勉強もしておかないといけないね」とは言ってあったのですが、なかなか両方に身を入れるのは難しいだろうから、これから間に合うのか心配ですね。 でも、結果発表から1週間ぐらい経った今、こういう危機的な状況を乗り越えることが、人生の糧になるかもしれないと思うようになりました。 今回勉強したことも、すぐには役に立たなくても、建築の道に進めば、きっといつか役に立つだろうと。 どうか次の試験は合格しますように! #
by 3839ttsy
| 2021-12-13 11:22
| 建築
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