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運営者 建築・企画・設計・監理 (株)宮崎建築事務所 〒510-0235 鈴鹿市南江島町23-10 TEL:059-368-3330 宮崎達也(HN:ミヤ) 3839ttsy@excite.co.jp リンク 建築事務所日記~宮崎建築事務所スタッフの日記~ 星の指輪~つれづれ日記~ トンボの空 くりみるく テンカラな日々 気まぐれノート(ピアニスト西井葉子さんのブログ) 魅せブロ カテゴリ
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昨日の、当所で応募して落選したコンペと関係のある話ですが、コンペ案の仮想敷地として設定していたところに、戦時中の飛行機の格納庫があったということを、何度か書いています(過去の日記:カテゴリ「戦争遺跡保存」)。もともとはコンペに入賞し、しかも、その土地にそれを提案して実際に作ってしまおう、という一石二鳥の作戦だったのですが、どちらも叶わず、予想もしない展開になりました。 それは、格納庫の保存運動をしていた、「鈴鹿市の戦争遺跡を保存・平和利用する市民の会」の世話人になってしまったことです^^; ことの発端は、代表の加藤二三子さんにお話を聞きに行ったことに始まります。 その後、格納庫の鉄骨を見学させていただき、その後の世話人会にオブザーブで参加。 先日は一部だけ保存することになった、鉄骨の錆止め塗装作業を手伝いに行きました。 そして、その時に、誘っていただいたのでした。 もう一人の代表の竹内さんに熱心に誘われたこともあったのですが、その世話人に、以前、鈴鹿青年会議所の活動でお世話になった方がいらっしゃったのです。 ザ・説教という講演の講師をしていただいた、衣斐弘行さんという方なのですが、それ以来、すっかりファンになってしまったのです。 その世話人会が、その方のご自宅で開催されるということで「ああ、行きたいなあ」と思ってしまいました。 迷った挙句、参加することにしたのですが、今日がその世話人会でした。 その衣斐弘行さんは、大変素晴らしい方なのですが、また、そのお家が良くて、屏風や額などの飾り付けや、インテリアなどがとっても趣味がいいんですよね。 写真にちらっと写っている、お湯のみなどもステキです。 そして、極めつけは、昔、浅野弥衛さんという画家さんがお住まいになられていた家ということで、その絵が、そこらじゅうに飾ってあるんですよね。 なんとも居心地のいい、お家なのです。 そんなわけで、またしてもボランティアの団体に入った上に、役員みたいなものにまでなってしまったのでした~^^; あ、それと、話があっちこっち飛びますが、日曜日の劇団花さつきさんの公演の、すごいエキストラは、今日確かめてみたら、やはり、この会の代表の加藤二三子さんでした(笑) 世の中、狭いですね~ (株)宮崎建築事務所 ![]() 3棟の建物(と手前にプレハブが1棟)あります。 特に、正面の大きい建物の右側のちょっと小さい建物にご注目下さい。 ![]() 前の写真の大きい建物を横から撮ったものです。 ![]() 2月21日の写真の、大きい建物があった辺りに立って、撮っています。 単管で作った、大きな仮設作業小屋のようなものが見えます。 ![]() 最初の写真の、ちょっと小さい建物の鉄骨、骨組みです。 ![]() 前の写真の部材の一部です。 『鈴鹿市の戦争遺跡を保存・平和利用する市民の会』の方が、錆止め塗装作業をされているところです。 この場所は奇しくも、大きい建物が建っていたあたりです。 地元の方、このブログを見ていただいている方はすでにご存知と思いますが、3棟の建物は、鈴鹿市のNTT研修センター跡地に、戦時中から残っていた、旧海軍航空格納庫でした。 保存会の方々が、ずっと保存活動されていましたが、かなわず、全て解体処分されました。 それでも、一時は小さい建物だけ再生することになり、鉄骨が保存されていたのですが、それも予算の関係で処分することになってしまい、最後は、たったこれだけに。 お心の内、推して知るべしです。 (株)宮崎建築事務所 今日は鈴鹿市のNTT研修センター跡地に残っていた、戦時中の海軍航空隊格納庫の部材を見せていただきました。(よろしければ、これまでの経緯は、過去の日記をご覧ください) 復元出来るように、部材がキレイに並べられ、全部番号がついています。 そして、雨にさらされないように、仮設の屋根で囲ってあります。 戦時中の鉄骨というと、私の知っているようなものとは違うのかと思っていましたが、ボルトでなくリベットを使っている以外は、そんなに違和感のないようなものでした。ちらっと見た限りでは、寸法規格も同じではないかと思います。 解体工事は大林組さんが行なっているようですが、この仮設養生や並べ方を見ると、復元する気マンマンという感じです。ここまでするのも、大変だったことでしょう。 ところが、これをなんと来年1月16日に処分してしまうということです。 詳しい経緯は省きますが、市民団体、NTTなどは保存に前向きなのに、鈴鹿市が保存、管理をする意思がないからだということです。 現在はNTTが管理しているのですが、今日は、保存を推進している「鈴鹿市の戦争遺跡を保存・平和利用する市民の会」メンバーが、少しでも部材を保存しようと、ゆずり受ける部材の最終確認に来ていました。 それで、先日、お話を伺った代表の加藤二三子さんに、お声掛けいただいて、私も立ち会わせていただいたというわけでした。 現地に行ったあと、世話人会にも参加させていただきました。 最終的に、部材を使って、再開発の宅地の中心に出来る公園のモニュメントを作ったり、将来、設置する予定の戦争資料館に展示するということになるそうです。 今までは部材を見ていなかったので、イメージが限定的でしたが、実際に部材を見ると、いろいろ有効利用のアイデアが浮かびました。 例えば、モニュメントに格納庫の柱をそのまま使って、ランドマークにするとか。 格納庫の大きく開く入口を、新しく出来る防災公園の門にするとか。 部材を再構築して、巨大なパーゴラを作るとか。 建築物として復元するのが、法律上、ハードルが高いのであれば、建築確認の必要ない建造物として、利用したらいいのではないかということです。 文化遺産や遺跡の保存がなされているかどうかということに、その地域の文化レベルが表れると思います。 これを捨てるのは、鈴鹿市の文化レベルが高くないということを表すような気がします。 (実際、周辺の市町と比べると、確かにその通りだと思うのですが…) う~ん、それにしても、いいところまで行ってたのに、ちょっともったいなすぎます。 なんとかならないでしょうか~? (株)宮崎建築事務所 このブログでも何度か話題にしていますが、鈴鹿市には昔、海軍の航空基地があり、今年の2月ぐらいまで、飛行機の格納庫が残っていました。(過去の日記「負の遺産?資源?」「航空隊格納庫とコンペ案その後?」) その後、解体されてしまったのですが、その頃の新聞記事によると、市民団体の保存運動により、3棟あったうちの1棟だけ保存するということになったそうです。 ところが、先月の記事では、再生が難しいということで、保存を断念したということでした。 当事務所ではアイデアコンペに応募するために、この跡地に公園をつくる案を考え、格納庫の利用方法も提案していたため、なんとなくショックで、代表の方とお話をしてみたいな~と思っていました。 いろいろな活動をされていて有名な方なのですが、連絡先などがわかりませんでした。 誰か知っている人がいないかなぁと考えているうちに、日にちが経ってしまったのですが、実は意外と身近なところに知り合いがいました。 それは私の母でした(笑) 数日前、ふと思いついてその人のことを知らないか聞いてみたら、よく知っている上に、携帯電話の番号まで知っていました。 なんてことでしょう! すぐに連絡がついて、昨日、お会いすることが出来ました。 お話しするまでは、私が何か力になれるのではないかと思っていたのですが、お話を聞いてみれば恐れ多い!ありとあらゆることを考え、活動されていたようです。 保存団体を立ち上げ、土地を所有しているNTTや鈴鹿市だけでなく、県や国にまで運動し、市内外から12000人もの署名を集めたということでした。 利用方法のアイデアにしても、戦争のことを学ぶための博物館に始まり、災害時の避難場所や、体育館など、私たちが考えたことから、思いつかなかったことまで、実にいろいろと考えてらっしゃるようでした。 その活動により、どうにか1棟だけ保存出来るところまでこぎつけたのですが、結局は予算などの関係で断念することになったそうです。 最終的には鈴鹿市が承諾しなかったとのこと。 ふる文研のメンバーもよく言いますが、鈴鹿市は文化財の保存に消極的なようですね。 考えうる限り最善を尽くした活動をされていた印象ですが、保存の会に鉄骨造に詳しい建築の専門家はいなかったそうで、「もう一ヶ月早く知り合っていれば!」と言われました。 そんな昔の鉄骨造のことはよくわからないし、私がいても何も出来なかったとは思いますが、確かにもっと早く気が付けばよかったですね。 それにしても、そこまで追い込んでおきながら、なんだか惜しいですね。 今月いっぱいで鉄骨を処分してしまうそうなのですが、最後に保存してある鉄骨を見に行くそうで、人数に空きがあれば声を掛けていただけることになりました。 もし、それが見られることになったら、最後の悪あがきで、何か提案出来ないかなぁと思ったりしてます。 (株)宮崎建築事務所 先週の中日新聞(鈴鹿亀山版)で、鈴鹿市にあった旧海軍航空隊の格納庫の保存を訴えていた、市民団体が保存を断念したという記事が掲載されました。今年の2月頃には、3棟残っていたのですが、その後解体され、そのうちの1棟を移築保存するという予定になっていました。 部材はまだ残っているのですが、移築には予算がかかりすぎることと、建築確認が降りるかどうかわからないという理由で保存を断念したそうです。 当所では、この建物の利用方法と、その土地(現在NTT西日本所有)の利用方法を考えるために、とあるコンペへの出展を計画していました(過去の日記)。 実は先月すでに締切が済んでおり、なんとか応募にこぎつけることは出来たのですが、新入社員Oさんにはやや荷が重かったようで、未完成のような感じになってしまっていました。そんな感じだったので、このブログには書いていませんでした^^; これらの絵は、そのコンペ案に添付したものです。 コンペにアイデアを出展して、そのアイデアを持って鈴鹿市に提案するという2重の作戦だったのですが、そうそううまい具合にはいきませんでした。 それにしても、保存を断念とは、実に残念です。 確かに移築にはお金がかかりそうだし、建築確認が大変だということはわかりますが、諦めるのは早いような気がします。 もっと何か考えて提案してみようかな… (株)宮崎建築事務所 新入社員Oさんと、東京ガスのコンペに出す案の敷地、NTT研修センター跡地を見てきました。それでわかったのですが、Oさんって見かけによらず攻めるタイプ(?)だということがわかりました。 敷地の隣が、現在、鈴鹿医療大学のキャンパスになっているのですが、近くに車を停めて降りたら、Oさんがそのキャンパスに「入りましょう」と言うのです。 私は、道路から敷地を見て回ろうと思っていたので「えっ大丈夫かな?」と言いましたが、「大丈夫ですよ」と言って、裏門のようなところからスタスタと入っていってしまいます。 確かにOさんの言うとおり、全く大丈夫でした。 隣接する大学を通り抜けると、敷地を巻くように水路があったので、その水路をつたって行けるところまで行きました。 それで私は満足し、帰ろうとしたら、またOさんが新しい提案を…^^; 「あそこに登れば全体が見えますよ」と言うのです。それは医療大学の校舎。7階建てなので、確かに敷地が一望出来そうです。 私は「えーっ?校舎まで入って大丈夫かな?」と言いましたが、Oさんは、こともなげに「大丈夫ですよ」と言います。 確かにOさんの言うとおり、全く大丈夫でした。 7階までは行けなかったのですが、5階まで登って敷地の全貌を見ることが出来ました。 そこから撮ったのが最初の写真です。 私は小心者ですが、Oさん、なかなか頼もしいです~^^; (株)宮崎建築事務所 ツイッターもやってます~ 今日の中日新聞に、鈴鹿市にある、旧日本軍の航空隊格納庫の解体が始まったという記事がありました。なんとなく我々の世代は、戦争のことを知らされずに育ったのか、それとも単に勉強不足なのかわかりませんが、戦争のことを知らなさすぎると感じます。 30代になってから鈴鹿にも滑走路があったり、こういった戦争の遺跡があったりすることを知りましたし、歴史のほうも、北方領土や、普天間基地問題のことなどを通じて、ようやく太平洋戦争の歴史を少し垣間見るようになりました。 原爆のことなどは子どもの頃からよく聞いていましたが、恥ずかしながら、他のことはほとんど知らなかったです。 私は理数系の教科が好きで、社会が嫌いだったせいもあるかもしれませんが、それ自体もひょっとすると、日本の教育が戦争を「思い出したくない過去」として扱い、「未来」をイメージするものとして、むしろ科学に力を入れてきたからなのかなぁと思ったりします。 でも、最近は戦争に関する教育も、行われるようになってきたようですね。 昨日、父の一周忌だったのですが、法事の後の食事会の時に、祖母が小学校に戦争体験の語り部をしに行っていると話していました。 新聞記事によると、航空隊格納庫は保存を訴える市民団体の署名活動により、3棟のうち1棟が保存、移築することになったそうです。 この土地を再開発するということですが、何に使うのかは、まだ聞いたことがありません。 飛行機の格納庫というだけあって、広い無柱空間になっており、構造力学など学術的にも価値がある建物だそうです。 1棟だけでなく、3棟とも再利用出来ればいいのなぁと思ったりします。 解体が始まってから、私などが一人で何かを訴えてもどうにもなりませんが、ふと思いついたのが、戦争遺跡の博物館や公園など、教育と観光の施設として利用出来ないかということです。 戦争の歴史に関する教育は、もっとすべきだと思うし、そのために博物館のような施設があれば、社会見学などに利用できます。 現に修学旅行では、広島や長崎の平和記念公園に行ったりしますよね。 また、公園や観光施設を作れば、鈴鹿サーキットなどと合わせて、来客が期待出来るような気がします。 さらに、建物の再利用や緑地の設置などによって地球温暖化防止にも貢献できます。 (少なくとも、既存建物を壊して、新しい開発をするよりは…) う~ん、ちょっと考えただけでも、いろいろ使えそうです。 何かもったい気がしますね~ (株)宮崎建築事務所 ツイッターもやってます~ < 前のページ次のページ >
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